奈良県奈良市五条町
神仏霊場巡拝の道 第24番
759年、中国の高僧・鑑真和上が創建したお寺らしい。 8世紀前半の日本は正式な授戒制度が整備されておらず、授戒資格のある僧が不足していたらしい。 そのため、課役免除のために私度僧となる者がいて、社会秩序の乱れにつながっていたらしい。 そんなこんなで、鑑真和上は仏教者に戒律を授ける導師&伝戒の師として日本に招かれたらしい。 5度の渡海失敗と度重なる困難のおかげで両目を失明しながらも、753年に来日したらしい。 来日から5年後の759年、律宗の研究道場として新田部親王の旧宅跡を朝廷から譲り受けたのが唐招提寺の始まりらしい。 鑑真和上の死後、弟子達が伽藍を造営したらしい。平安時代以後、衰退したが、鎌倉時代に復興したらしい。
2011年3月19日
本日のメインイベントであります、唐招提寺! 思えば以前、唐招提寺に行こうとチャレンジしかけましたが、金堂が修復工事中だという事を知り、あえなく断念しました。 なもんで、修復工事が終わったら即効で唐招提寺に行くぞ!と、きばってはみたものの無常にも月日は流れ。 唐招提寺に行きたい、唐招提寺に行きたい、と口癖のようにつぶやく毎日でありました。 修復工事が終わったのが2009年11月。 そんなこんなで、1年4ヶ月間の想いが叶い、本日とうとう唐招提寺にやって来る事ができました! そして、864体の化仏を背負った盧舎那仏さんと953本の手が飛び出している千手観音さんに会ってきました! まずは盧舎那仏さん。光背を含めると5メートル超えするという巨大さ! まばたきをすると損。そう思えてしまうくらいずっと見ていたい。 と思ってはみたももの、左隣りに立っている千手観音さんの手がピョンピョンと視界に入ってくる。 盧舎那仏さんをじっくり観ていたいとこですが、どうしても千手観音さんの手が視界に入ってくる。 そんなこんなで、盧舎那仏さんはまた後に観るとして、千手観音さんの前へ移動。 これまた5メートル超えの巨像!まるで花びらのごとく咲き乱れる手! 手に汗にぎるぜ。圧巻です。絶句です。 金堂内には盧舎那仏さんと千手観音さん以外にも、国宝の仏像さんが8体いらっしゃるのですが、盧舎那仏さんと千手観音さんばっかり観てました。えへ。 その後、講堂で仏像さんを見て、新宝蔵という名の宝物館に行ってきました。そこにもたくさんの仏像さんが安置されていたのですが、 私の心を鷲づかみにしたのは、やはり天平の鴟尾!こんなにも近くで拝見できるとは……興奮です。尾に汗はさむぜ。 その後、鑑真和上の墓所へ行き、戒壇を拝見し、そしてまた盧舎那仏さんと千手観音さんに会いに行きました! もう時間を忘れてしまうくらい見入ってました。いや時間を忘れてました! 気がつけば、拝観終了時間の17時にっ!ノン気に金堂の扉が閉じる瞬間を写真に収めてる場合じゃない! 見渡せば、境内には誰もいやしない。そんなこんなで、お寺の人にせかされつつ勝手口のような小さい出入り口から退散する事になりました。 いやぁ~、それにしても楽しい1日だったなぁ。はぁ~、帰りたくないなぁ。 ん?、、、帰りたくないなら帰らなきゃいいじゃん。そうだ、もう1泊しよう! そんなこんなで、急遽宿探しをするのでありました!
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
|
■南大門■
|
■南大門■
|
■南大門■
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■南大門■
|
■金堂■
|
■金堂■
|
■金堂■
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■金堂■
|
■金堂■
|
■金堂■
|
■金堂■
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■鼓楼■
|
■鼓楼■
|
■鼓楼■
|
■鐘楼■
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■講堂■
|
■講堂■
|
■講堂■
|
■講堂■
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■礼堂■
|
■礼堂■
|
■礼堂■
|
■礼堂■
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■境内の風景■
|
■境内の風景■
|
■経蔵・宝蔵■
|
■経蔵・宝蔵■
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■鑑真和上御廟■
|
■鑑真和上御廟■
|
■御影堂■
|
■戒壇■
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■醍醐井戸■
|
■醍醐井戸■
|
■金堂■
|
■オリジナルポスト■
|
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
■金堂内■
|
■廬舎那仏坐像■
|
■千手観音立像■
|
■天平の鴟尾■
|