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吉水神社

■場所

奈良県吉野郡吉野町吉野山

■由緒

飛鳥時代、役小角が創建した金峯山寺の僧坊・吉水院がこの神社の始まりらしい。 1185年、兄・頼朝と対立した源義経が静御前&弁慶と共に隠れ住んだ場所らしい。 1336年、足利尊氏に京を追われた後醍醐天皇が南朝の皇居にした場所らしい。 南朝4代57年の歴史は、ここから始まり、現存する南朝唯一の行宮らしい。 1594年、豊臣秀吉が吉野で盛大な花見をした際、ここを本陣とし5日間滞在したらしい。 明治時代、神仏分離により、吉水院から吉水神社になったらしい。 2004年、『紀伊山地の霊場と参詣道』として、和歌山県の高野山と熊野三山と共に、世界遺産に登録されたらしい。

■参拝日

2016年5月1日

■日記

南北朝時代、南朝の後醍醐天皇が皇居にした吉水神社に到着! 書院内には後醍醐天皇の玉間、源義経が潜居した間、その他、弁慶、静御前、一休和尚、豊臣秀吉、狩野永徳、水戸光圀、などなど&などなど、 日本史ビッグスターゆかりの品が拝観できる、とんでもない神社でした! そんなこんなで、金峯山寺・蔵王堂に続き長居。それにしても、こんなにもたくさんのお宝を一気に陳列してしまうと、さすがに興奮メーターがバカになってしまう。 興奮メーターがバカになってしまうと、無感情になる瞬間がある・・・結果、帰宅後に思い出す事は『すごい神社だった』というザックリとした思い出。 なんて贅沢な時間を過ごしてしまったんだ。

■公式ホームページ

吉水神社 >>

■ご朱印■

ご朱印

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■鳥居■


到着!

■鳥居■


鳥居近くにある看板で
テンションが上がる

■参道■


鳥居をくぐると
下り参道
こりゃ珍すぃ

■参道■


んでもって
今度は上り参道
下って上る参道って
なかなか珍すぃ

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■狛犬①■


■狛犬②■


■神門■


■神門■


神門をくぐって

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■中門■


中門をくぐると

■手水鉢■


■吉水院庭園■


1594年築庭
豊臣秀吉が吉野で
盛大な花見をした際
豊臣秀吉が自ら
基本設計を行った庭園

■拝殿■


後醍醐天皇、楠木正成
吉水院宗信法印を祀る

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■境内の風景■


この地は後醍醐天皇が
南朝の皇居にした所

■書院■


鎌倉時代建立 国重文
残念ながら工事中

■書院■


ちなみに工事前の姿
初期書院造りの
傑作といわれてるらしい

■書院■


後醍醐天皇のほか
源義経、豊臣秀吉
一休和尚、水戸光圀などの
ゆかりの品を
拝観することができました

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■後醍醐天皇玉座■


足利尊氏に京を追われた
後醍醐天皇が
南朝の皇居にした所
~画像は説明板より~

源義経・静御前 潜居の間


兄・頼朝と対立した源義経が
静御前&弁慶と共に
隠れ住んだ所
~画像は説明板より~

豊臣秀吉愛用の金屏風


1573~1603年作
狩野永徳作
~画像は説明板より~

■役行者像■


カッケー

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■一目千本■


吉野山の麓から山頂にかけて
下千本、中千本
上千本、奥千本といい
下から順番に
咲き上がっていくらしい

■一目千本■


一目千本とは
中千本、上千本の桜を
一望できる場所らしい

■一目千本■


1594年、豊臣秀吉が
吉野で盛大な花見をした際
ここを本陣とし
数日間滞在したらしい
~画像は説明板より~

■一目千本■


現在
200種・約30000本の桜が
吉野山を覆っているらしい
~画像は説明板より~

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■弁慶の力試しの釘■


源義経一行がこの地に
滞在している時
弁慶が力試しの為
指先で釘を押しこんだ石らしい

■弁慶の力試しの釘■


各地で弁慶伝説に
触れる事が多いけど
どれも桁外れに力持ち

■弁慶の力試しの釘■


指先ひとつでダウンさ
ケンシロウも真っ青

■宗信法印公碑■


すみそめの
衣の下の小具足を
斯の人にしてよしと思はむ
と刻まれてました

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■おみくじ掛け■


■おみくじ掛け■


なんだか高級感のある
おみくじでした

■絵馬■